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最高裁判所第三小法廷 平成6年(オ)1326号 判決 1994年10月25日

東京都千代田区外神田四丁目七番二号

上告人

株式会社佐竹製作所

右代表者代表取締役

佐竹覚

広島県東広島市西条西本町二番三八号

上告人

佐竹利彦

右両名訴訟代理人弁護士

池田昭

名古屋市熱田区三本松町一番一号

被上告人

日本車輌製造株式会社

右代表者代表取締役

篠原治

右訴訟代理人弁護士

富岡健一

舟橋直昭

高橋譲二

右当事者間の名古屋高等裁判所平成五年(ネ)第二一号特許権に基づく製造・販売差止等請求事件について、同裁判所が平成六年三月二九日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人池田昭の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫)

(平成六年(オ)第一三二六号 上告人 株式会社佐竹製作所 外一名)

上告代理人池田昭の上告理由

第一、甲発明(角度調節)に関して

一、原審判決は、本件に適用されるべき昭和六〇年の改正前における本件出願当時の特許法第七〇条及び同第三六条四項、五項の規定の解釈適用を誤った違法がある。右違法は、原審判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

原審判決は、被告製品が甲発明の技術的範囲に属するか否かと云った争点に対する判断において、次のとおり認定している(原審判決理由欄第一項1及び2、第一審判決三六頁二行乃至四二頁二行)。

「発明の技術的範囲を判断するに当たって基準となるのは特許請求の範囲の記載であるところ(特許法七〇条)、甲発明の構成要件C及びDはその表現が機能的・抽象的であって、いかなる方法により「盤面分布状態を検知」するのか、調節装置と検知装置を「関連的に結合」するとはいかなることであるのかと云う点については、特許請求の範囲の記載のみでは到底知ることができない。(中略)

それ故、甲発明の技術的範囲は、特許請求の範囲のみならず、発明の詳細な説明や図面の記載更には出願経過等を参酌して解釈するほかないことになる。」

右指摘した原審判決の判示事項の中で、特許法の解釈適用を誤った箇所が二ヵ所ある。

先ず第一に、原審判決が「発明の技術的範囲を判断するに当たって基準となるのは特許請求の範囲の記載」と認定することは支持されるものであるが、この解釈の根拠条文として特許法七〇条を引用することは誤りである。即ち、右規定は、特許発明の技術的範囲を定めるにあたっては、特許請求の範囲の項の記載から逸脱してこれに記載されていないものを発明の内容として取り上げてはならないことを明示したにとどまるものと解すべきである(大阪地判昭和三六年五月四日判決 下民一二巻五号九三七乃至九八七頁 注解特許法上巻 株式会社青林書院新杜発行初版 五一九乃至五二〇頁参照)。

これを一つの例えで具体的に敷衍すれば、明細書の発明の詳細な説明の項には二等辺三角形、直角三角形、正三角形など三角形のあらゆるものが記載されているが、特許請求の範囲の項には直角三角形のみしか記載されていない場合、右直角三角形以外の他の三角形を(直角二等辺三角形は直角三角形とする)技術的範囲に含ませて解することを禁止したのが右特許法七〇条の趣旨である。

従って、「発明の技術的範囲を判断するに当たって基準となるのは特許請求の範囲の記載」と解釈する根拠条文を特許法七〇条とした原審判決は法律の解釈を誤ったものと云わざるを得ない。

第二に、甲発明の特許請求の範囲の記載の一部が機能的・抽象的であることから、到底その内容を理解できないとして、甲発明の技術的範囲は、特許請求の範囲のみならず、発明の詳細な説明や図面の記載更には出願経過等を参酌して解釈するほかないと判示した原審判決には、特許法三六条四項及び五項の解釈適用を誤ったものと云わざるを得ない。

以下この点について説明する。

典型的な機能的クレームに係る特許発明について、その保護範囲の解釈原則を表明した判決として、東京高等裁判所昭和五三年一二月二〇日判決「ボールベアリング自動組立装置事件」(判例タイムズ三八一号一六五頁)があるが、この判決の論旨は次のとおりである。

(1) 特許請求範囲が機能的・抽象的に表現されていることから、その技術的意味内容が不明な場合には、明細書及び図面の記載によって、それがいかなる特定の技術思想のものであるかを合理的解釈によって導くべきである。蓋し、本来、特許発明は、特許法三六条四項、五項に規定されている要件を充足しているはずのもので、もし明細書中に発明の構成が記載されていないとするならば、それは単に課題を提示したにすぎないこととなる。

(2) そして、右合理的解釈としては、請求範囲の構成要件が明細書の記載から明瞭にできない以上、明細書に記載されている実施例に開示されている具体的な技術思想を知ることによってその意味内容を確定すべきである。

(3) この場合、明細書記載の一実施例の装置における具体的構成、作用にのみこれを限定するのではなく、その明細書の開示からその発明の属する分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる範囲の技術にまではこれを及ぼし得るものであるが、これを超える技術思想をも含ましめ得るものではない。

右に指摘したように、「ボールベアリング自動組立装置事件」に関する東京高裁判決は、特許法三六条四項の規定の持つ意味を重視し、この規定がある以上、例え特許請求の範囲を明細書の詳細な説明として記載してある技術よりも広く記載しても、明細書の開示からは、当業者がこれをうかがい知ることができず、具体的技術として開示されていないと見られる技術思想にまで、その保護範囲を拡大してはならないと判示したものである。そして、右判決文上は、直接「均等」と云った用語は使用していないが、明細書に現に開示されている具体的技術即ち実施例に基づいて、それから出願時における当業者が容易に推考し得る限度(つまり実施例との関係では均等)にその保護範囲をある程度広げて解釈しているものと理解される。

そこで、以上の立論を前提として原審判決を見るに、原審判決は「発明の詳細な説明や図面の記載、更には出願経過等を参酌して解釈するほかない」として、次のとおり認定している。

(1) 発明の詳細な説明及び図面の記載について検討するに、甲公報によれば、<1>「比重の小なる穀物の揺下側の偏流分布は、盤面の縦傾斜と密接な関係がある。」(甲公報1欄二九乃至三四行)との記載を根拠として、甲発明はこの点に着目してされたものと考え、<2>第3図及び甲公報3欄二乃至一五行における「検知装置5の一例を示すと籾米取出口4は揺下側L側に設けられ、その下部には該取出口4より排出される籾米の流量に応じて上下動する検知板15が設けられる。」との記載を根拠にして検知装置は籾粒の流量を検知するもので、その取付位置は揺下側に設けられた籾米取出口の下部であるとして、<3>右に述べた<1>及び<2>の記載に照らして、排出側付近に到達してようやく揺下側に比重の小さい籾粒が偏流分布するに至ることが認められるとしている。

(2) 次いで、出願経過の参酌として、<1>出願当初の願書の特許請求の範囲には「該籾米取出口(4)にのみ排出量検知装置(5)を取付ける」、「前記排出量検知装置(5)と該横(本件では縦)傾斜調節装置(6)とを関連的に結合して籾米の排出量に応じて横(右に同じ)傾斜αの角度を自動的に調節できると記載されていたところ、その後の補正により、右記載より上位概念としての「盤面分布状態を検知し」、「調整装置6と前記検知装置5とを関連的に結合して撰別盤1の縦の傾斜角βを自動的に調節し得るごとく」としたことが認められるが、この補正後の記載は、排出量の検知と云う当初の開示の範囲からすれば拡大されたものであるが、これ自体が明確なものとは云えないと認定している。

(3) そして、右(1)及び(2)の認定によれば、甲発明の検知装置は、撰別盤の揺下側で籾粒の流量を検地するもので、しかも、籾粒の偏流分布が生じるのは排出側においてであるから、右検知装置は排出側に配置されることが必要である旨結論付けている。

右(1)乃至(3)に指摘した原審判決の認定は、明細書に開示された具体的技術即ち実施例に記載された範囲にのみ限定して甲発明の技術的範囲を定めているものであって、これに基づいて当業者が容易に推考し得た範囲の技術を認定することを全く失念したものと云わざるを得ない。

二、原審判決は、重要な事項即ち争点につき、判断を逸脱した違法があり、これにより審理不尽に陥り、又、理由不備を犯しているものであるから、これは取り消されるべきである。以下その理由を述べる。

(1) 本件争点の一つとして、特許請求の範囲の一部の記載(構成要件C及びDの「盤面分布状態を検知」と調節装置と検知装置を「関連的に結合」)について、中間機構の周知自明性が認められるか若しくはそれらの記載の省略乃至抽象化が認められるか換言すれば、その省略された機構が出願時の当業者にとって周知のものであるか否かが問題とされるべきである。

この点について、原審判決は何らの考慮もはらうことなく一言も言及していない。

思うに、特許法二九条二項は「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有するものが前項各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定に拘わらず、特許を受けることができない。」と規定している。この規定は、一般には、明細書の記載は、出願時の当業者を名宛人とするものと理解されている。従って、甲発明の特許請求の範囲の右一部の記載は出願時の当業者が有する技術水準若しくは周知技術を前提として理解すべきものであった。併せて、権利設定を技術の専門官庁たる特許庁の専権としていることを考えるなら、明細書の記載方法には自ずからルールが存在し、これは単なる文理のみから形式的に解釈すべきものではない。機能的な表現による構造等が、物の構成とし許される場合や、一定の周知事項、周知機構の省略が認められる場合等が当然に存在し得るものである。

本件において「検知装置」とか「関連的に結合」と云った特許請求の範囲の解釈において、その省略された機構が出願時の当業者にとって周知のものであるか否かに大きく左右されることになる。

上告人は、第一審から原審に至るまでの間、右周知事項を立証するものとして甲第一三号証の「ML4型光電子スイッチ」、甲第一四号証の「ホト・トランジスタ」、甲第一五号証の「ディジタル測定装置」と云った検知装置を示し、且つこれら光学方式の検知装置の具体的応用例として甲第一六号証の「揺動撰別機における玄米、籾の識別完全取出装置」及び甲第一七号証の「部品撰別方式」を提出し、又、機械方式の検知装置の具体的応用例として甲第一八号証の「籾摺機における万石網の勾配角度自動調節装置」を提出した。

然るに、原審判決は、右周知技術を個別に検討して、当時の技術水準について内容的検討を何ら行なうことなく、上告人の主張を排斥した。これは、審理不尽以外のなにものでもなく、これにより判決の結論に影響を及ぼすこと必至である。

もし、原審判決が右に指摘した周知技術を個別に検討して、これによって得られた知識でもって当時の技術水準を確定すれば、「検知装置」とか、これと角度調節装置との「関連的結合」と云ったことは、充分に理解できたものである。従って、これらの要件の内容が不明である等とは口が裂けても云えなかったものである。

ところで、技術の専門官庁たる特許庁において、昭和五八年一二月一二日下された甲発明に関する判定(甲第七号証ノ八)の内容を見るに、甲発明の特許請求の範囲の一部が機能的・抽象的であることから、その内容が不明確である等一言も述べていない。逆に、盤面分布状態とは、『その明細書の「撰別盤1の縦の傾斜βが第2図示のように小さ過ぎると穀物は全体的に揺上側H方向に偏流揺上げられ、第2図のA点に空白を生ずる。縦の傾斜βが正しい角度であれば第2図のmをもって示した位置に籾米が分布し、第2図のm1の位置に混合米が分布し、m2の位置には玄米がそれぞれ分布するのであるが、上記のように縦の傾斜βが小さ過ぎるから、m1m2の位置に全ての穀物が分布する。」(特公昭五〇-一七三七七号公報、第二頁第3欄三〇~三八行参照)…との記載などから見て、盤面上にあらわれる穀物層の有無、量的な多寡の状態を意味すると認められる』(判定書三丁裏六行乃至末三行)とし、又、検知装置については「明細書、図面に開示のある手段、態様の範囲に、限定して解すべきとすることもできない。蓋し、特許発明の技術的範囲に属するかどうかは、当該特許発明の構成を具備するか否かにかかっているのであって、それの構成を充足するための手段、態様の如何は問わないと解される。」と認定している(四丁裏末五行乃至五丁表七行)。

そして、最高裁昭和四三年四月一八日第一小法廷判決(民集二二巻四号九三六頁)は、特許庁の判定に関する法的拘束力との関係で「鑑定的性質を有するに止まるものと解するのが相当である。」と判示している。

この最高裁判決によると、前述した判定は専門官庁たる特許庁の鑑定的なものであるから、本件においてこれが証拠として提出されている以上、これを否定する証拠を認定した上で、本件特許請求の範囲の一部が機能的・抽象的であることから、その内容が不明確であると結論付けるべきであった。乙各号証を検討するに、出願時の周知技術であって右特許庁の判定を否定するような証拠は何ら提出されていない。そうすると、原審は何ら証拠に基づかずして判決をしたことになる。これは審理不尽の極みと云えよう。

(2) 次に、甲発明の明細書に開示された具体的技術即ち実施例に基づいて、当業者が容易に推考し得る技術の範囲について、原審判決は一切言及をしていない。

右実施例によれば、撰別盤の縦傾斜角βを調節する角度調節装置は「撰別盤1の台板7の下面には揺動すると撰別盤1が斜め上下運動するように傾斜している支杆8、8の上端が軸止され、一方の支杆8の下端は床9上に軸止され、他方の支杆8の下端は、床9上に設けた軸10を中心として回動する調節杆11の上端に軸止される。軸10には歯車12が取付けられ、歯車12に噛合う歯車13に正逆転モーター14が取付けられる。上述の調節杆11、歯車12、13及び正逆転モーター14は、本発明の縦の傾斜角βの調節装置6の一実施例である。」(甲公報2欄二八行乃至3欄一行参照)と云った実施例に関する記載からみて具体的構成が明らかである。

又、調節装置と検知装置とを「関連的に結合」するとは、「検知板15の上下動に関連して、該マイクロスイッチ18、18'が作動し、その信号により正逆転モーター14が正逆転するように該スイッチ18、18'と該モーター14とを関連的に結合したものである。」(甲公報3欄一一行乃至一五行参照)と云った実施例に関する記載からみて、検知装置が検知した穀物の有無(嵩高も含む)に関する信号を、調節装置の動力源たる正逆転モーターに伝えて、これにより角度を調節すると云った技術を認定でき、これによれば、検知装置と角度調節装置との「関連的結合」の意味内容も明らかである。

そこで、未だ明らかでないものとして残されるのは、唯一「検知装置」の具体的構成である。しかし、前述した甲各号証に記載された甲発明の出願当時における周知技術を参酌して、且つ甲公報第3欄二八行乃至三九行に記載された撰別盤上における穀物の分布状況及び甲公報の第2図に示される撰別盤の断面位置が、排出側よりも供給側にあることを踏まえれば、当業者は容易に撰別される穀物の有無及び嵩高の検知を思いつくし、又、検知装置の取付け位置についても排出側で揺下側に限定することなく、その反対側たる穀物が隆積する揺上側で、穀物の分離が開始される供給側に近いところに設けると云ったことも容易に思い至るものである。

従って、「調節装置」及び該調節装置と検知装置とを「関連的に結合」と云ったことの具体的内容は、明細書の記載から明らかとなり、又、「検知装置」については明細書に記載された穀物の分布状況を踏まえて、出願当時における周知技術を参考にすれば、必ずしも実施例に記載された「検知装置」に限定されることなく、撰別盤上において穀物の有無及び嵩高を光学的方式でもって検知する「検知装置」も含まれることが明らかとなる。

それ故、原審判決がこの点を何ら検討することなく、実施例にのみ限定して、「検知装置」、「調節装置」及びこれらの関連的結合を理解したことは、審理不尽に基づいて事実誤認を犯したものであり、その結果判決の結論に影響を及ぼしている。

三、原審判決は、甲発明の技術課題を誤認した結果、本来特許請求の範囲に具体的に記載しなくて良いものを、記載すべきと判示したもので、これは審理不尽により判決の結果に影響を及ぼすべきものと云える。

甲発明の技術課題は、検知装置と角度調節装置とを関連的に結合して自動運転を可能とさせるものである。従って、検知装置をどこに取り付けるかとか、又、検知装置の構成を具体的にどのようにするかと云ったことは、甲発明の技術思想の対象となるものではない。以下この点について論ずる。

(1) 同一出願人の先願発明と甲発明との関係について

甲イ第二三号証は出願人を上告人佐竹利彦としたもので、揺動式穀物撰別装置における自動調節装置に関する発明である。この特許請求の範囲は次のとおりである。

「盤面上に混合穀物を供給し、該盤面を斜め上下方向に揺動させて盤面上の混合穀物を分離させる揺動式穀物撰別装置において、盤面の排出側に撰別穀物を検知する自動検知装置を設け、この自動検知装置を盤面傾斜角度調整装置に連絡したことを特徴とする揺動式穀物撰別装置における自動調節装置。」

そして、実施例に記載された検知装置は、「籾米取出口5と玄米取出口7のそれぞれの下方に衝突板8、9を設け、衝突板8、9は作動杆10で連結し中央部を支点11で支持する。」(甲イ第二三号証、先願公報2欄末二行乃至3欄一行、第6図参照)と云った内容のものであった。

即ち右先願発明は、盤面の排出側に検知装置を設けたことを特徴とするものであった。

その後、出願人は、先願発明の実施例が籾米取出口5と玄米取出口7のそれぞれの下方に衝突板8、9を設け、排出される穀物の量の多寡をバランス的に検知するものであったことから、この点について改良する意図で甲発明の出願をなし、その出願当初の願書に添付された明細書に「該籾米取出口(4)にのみ排出量検知装置(5)を取付ける。」と云ったことを特許請求範囲の一部として記載した。しかし、翻って考えるに、甲発明に関する当初の右記載では、先願発明の特許請求の範囲に包含され、甲発明は同一発明として拒絶されるべきことに思い至った。そこで、右先願発明と甲発明の関係について基本的な検討した結果、右先願発明は排出側に検知装置を設けるものとして、甲発明は、調節装置と検知装置とを関連的に結合させて、揺動選穀装置における縦傾斜βを自動的に調節することを内容とした基本発明の出願とすることに決定し、これに基づいて昭和四九年六月一一日付の手続補正書により現在の内容に補正したものである。従って、原審判決が、「右<1>の記載をより上位概念としての『盤面分布状態を検知し』、『調整装置6と前記検知装置5とを関連的に結合して撰別盤1に縦の傾斜角βを自動的に調節しうるごとく』とした」と認定し、補正後の特許請求の範囲を広げて理解したことは正当であった。

そうだとすると、右補正の事実を重視するなら、甲発明の出願当初の願書に添付された明細書に記載された「盤面の排出側に撰別穀物を検知する自動検知装置」と云った構成に拘束されて、補正された後の甲発明の特許請求の範囲を解釈することは誤りである。逆に、「盤面排出側」と云った検知装置の取付け位置を削除したことから、甲発明の検知装置の取付け位置には何らの限定もないものと理解すべきである。

又、先願発明においては、検知装置の構成について「なお、第6図では、衝突板8、9の実施例を示したが、重量を計る方法でも、また光電管を使用して、流束を計量する方法でもいずれでもよい。また、衝突板8、9の取付位置も取出口に限定されない。」(甲イ第二三号証4欄一一行乃至一五行参照)と言及しており、この記載によれば、検知装置は必ずしも衝突板と云った機械的方式のものに限定されるものではなく、その当時の当業者において周知の光学的方式のものも含むことが明確である。

このことは甲発明にも当然云えることである。

そうすると、甲発明は、検知装置と調節装置とを関連的に結合させて揺動選穀装置における縦傾斜を自動的に調節することを発明の技術課題としたもので、検知装置の具体的構成とかその取付け位置とか云っをことは発明の内容となるものではないから、抑々、甲発明の特許請求の範囲においてこれらを具体的に明確にすることは不要のものであった。

これらの点について、原審判決は審理不尽により事実誤認を犯し、その結果、判決に影響を及ぼしていることが明らかである。

第二、乙発明(多段式)に関して

一、原審判決は、上告人が平成五年四月六日付控訴人準備書面(其の一)第二、一項乃至二項<1>で主張した「粗雑面よりなる無孔の撰別盤」と云った一体としての要件のうち、「粗雑面」については実質的な理解をしているのに対し、「無孔」については、字義からのみの形式的な理解をすると云ったことは、クレームの統一的解釈として矛盾していると云った批判に対して、格別の審理、判断もしなかった。もし、原審判決が右の点を充分に審理、判断すれば、「無孔」の意義について明細書の記載を充分に参酌して、通風作用を有しない孔と理解できたもので、正に審理不尽、理由不備により判決の結諭を誤ったものと云える。

二、乙発明の公報(甲第一号証)発明の詳細な説明の記載によると、次の事実が認められる。

従来技術であった「多数の通孔を形成した撰別盤を用い、この撰別盤の下方から前記通孔を通して通風する撰別機」(乙公報1欄三二行乃至三四行参照)にあっては、「通風によって穀粒間の間隙が粗大になり、このため穀粒間の摩擦は問題にならず、空気流に対する抵抗に差の少ない、例えば、玄米粒と砕粒等の混合粒のように空気流に対する抵抗の差が小さく、穀粒間の摩擦に差のある穀粒撰別が不可能」であった(同公報1欄三四行乃至2欄二行参照)。

右のうち、「通風によって穀粒間の間隙が粗大になり」とは、通風孔が設けられた撰別盤の下部から送風機によって送風されると、風の抵抗を受けて空気流の抵抗の差が大きい籾粒が上部に上昇し、空気流の抵抗の差が小さい玄米とか砕粒はこれとは反対に下部に沈潜し、そして、穀物と穀物との間を空気が通過していることによって、その間隔が大となることを云う。

又、右のうち、「このため穀粒間の摩擦は問題とならず」とは、右に述べたように穀物相互の間隙が大となる結果、穀物同志において相互の摩擦が撰別作用に影響を及ぼし得ないことを意味する。

乙発明は、「撰別盤を無孔とすることによって、穀粒間の密度を大にし、その斜め上下の揺動によって穀粒間の摩擦を利用しながら穀粒の分離をうながして撰別を行い、玄米粒に対する砕粒等の混合粒のように空気粒に対する抵抗に差が小さく、穀粒間の抵抗に差のある穀粒の撰別でも可能」とするものである(同公報2欄一五行乃至二一行、4欄六行乃至一二行参照)。

即ち、右記載によれば、乙発明の本質は、通風作用を有しない「粗雑面よりなる無孔の撰別盤」であることが明らかである。

従って、被告製品の通風作用を有しない極く微小のスリットは乙発明の「無孔」に含まれるものである。

然るに、原審判決は、この点について何ら審理、判断を行なうことなく、特許請求の範囲に「無孔」を付加すると云った補正にのみ着眼して、これを字義どおり理解することは審理不尽により、判決の結論を誤ったものと云わざるを得ない。 以上

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